2017年9月7日木曜日

お久しぶりです

ずいぶんと投稿が離れてしまいました
千歳アイヌ語教室は未だ健在です
そろそろまたその週に学習したことや次週の予定などを載せたいと思います。
まずは、おわび代わりに
  9月3日に行われた 千歳アイヌ協会主催のアシリチェプノミの写真を投稿します



大人の指導を受けながら祭壇に供える祭具をつくる子どもたち

サケの肉ですが、これを冷凍させて「ルイベ」として生で食べます



今年初めて捕れたサケを祭壇に運びます

アイヌ伝統のサケ漁。使用しているのはマレクという銛です
よほど熟練していなければ簡単には捕れません




中腰になっている一番奥の若者二人が、トノト(伝統的方法で醸造した神事用の酒)を管理し、出席者にお酌して回る役目を果たす「イヨマレクル」


祭壇に供えられたサケを解体し、心臓などを火の神様(一番位の高い囲炉裏の守り神・女性神)
アペフチカムイに捧げます





こうしてアイヌ文化は老人から若者に、若者から子どもにと受け継がれて行きます
今年初めて人前で演奏する小学生

神に今年一年の豊漁と安全を祈願する千歳アイヌ協会・保存会のメンバー


2014年12月1日月曜日

11月23日の学習から

こんなことを勉強しました.参考までにご覧下さい




11月23日の学習内容
テキスト P39〜P40をやりました 新出単語
onne(自動詞)年を取る
kur(名詞)人
onne kur(名詞)老人
anak(副詞)〜は
po(ho)(名詞 概念形 poに
hoが付いて所有形)
        息子(概念形  〜の息子(所有形) 
本来は小さいと言う意味で,別な言葉に付いて小さな◯◯となる
cise(名詞)  家
sam(位置名詞 概念形)   sama(所有形)

    隣り 〜のそば シサム=本当の隣りの人=和人
wa(格助詞)〜して(このテキストでは「マ」と発音している) 
soyta(位置名詞 概念形 soyke(所有形)
     外 〜の外 
toyta(自動詞)耕作する
yayparoyki(自動詞)自活する
 hankeno(副詞)近くに
 mippo(ho)(名詞 概念形 所有形)
   孫 〜の孫 rura(他動詞)〜を運ぶ
aep(名詞)食べ物


参考までに
その1
アン については既に、いくつかの意味のある事を学びましたが、ここでは 自動詞の ある いる 暮らす 住む などの意味で使っています

例文
花子 コチセ   クコッチセ   ハンケノ  アン
     =花子の家は わたしの家の近くにある


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  日朗 アン 美智子 アン =日朗がいて美智子がいた

  太郎  サマ タ  アン
  =太郎の隣り(そば・横)にある 

さつ子 アナ史郎 トウラノ アン
   =さつ子は史郎と一緒に暮らしている(住んでいる)

その2 コロがコッに変わるとき
ク コロ チセ が,テキストでは ク コッチセに変わっています。 kor+cise のように r の後ろに t か c が続くと rはtに変わり kotcise となります。

その3
ワがマに変わるとき
ワ(wa)後ろに n または m が来ると マ となります このような変化は、特に千歳方言では時々出てきますのでご注意下さい。


風邪など引かれませんようお気をつけて
  Popkeno oka yan!(暖かくしてい てくださいね)


中村由起夫さんの質問
例文に
花子 コ
チセ  ハンケノ  アン =花子の家の近くにある
とあるが、 ハンケノが所有形ではないので主語は「花子の家」になり 
「花子の家は」近くにある となるのではないかと言うご質問でした。

ハンケは動詞(日本語では「ちかい」というと形容詞になりますが)
ハンケノは副詞です。所有形に変化出来るのは名詞だけです

従って、ハンケノは、誰のもという分けにはいきません。日本語に訳すとき は、近くに、近くで、となります。

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もう少し調べないと確かなお答えは出来ませんが、
中村さんの疑問の通り
   ◯◯ サマタ は,◯◯隣り と訳し
◯◯ ハンケノ は、◯◯近くに と訳されると解されます。

また、みんなで勉強して、より正確な表現を見つけましょう。
というわけで、今日はここまで

 

2014年11月2日日曜日

11月9日のご案内

11月9日のアイヌ語教室のご案内
千歳アイヌ教室


 このところ行事と重なり、教室での勉強はちょっとお休みでした。でも、アイヌ文化工芸展も、鵡川のシシャモカムイノミも、貴重な体験を積む事が出来たと思います。幅広くアイヌ文化に触れる事は、アイヌの人たちの心を知る上で大切な事だと思います。

シシャモノミの会場 風はありましたが気持ちのよい1日でした。
シシャモも美味しかったですね
刺繍を習うアイヌ語教室の生徒さん








 






























 

 さて9日は、お婆ちゃんたちが昔どのような暮らしをしてしていたかの一端を学びましょう。

日常生活
 子どもが結婚すると年寄りは別居して暮らしました。子どもの家の近く(スープの冷めない距離)に家を建て、体が動くうちは日常生活はなるべく自分でするようにし、畑を耕すなど食料も自給できるよう心がけました。

介護
 離れて暮らしている事によって、嫁・姑などの余計な摩擦をさけ、また年寄り通しの交流など誰の気兼ねもなく自由に暮らしていました。一定の距離を置く介護、これがアイヌの人たちの知恵だったのでしょう。
 当時は薬漬けとか、胃瘻とか人口呼吸などの医学も機材も薬もありませんから、現代のように意識もなく自力で食事をとる事もなく10年以上も寝たきりなどと言う事は滅多にありませんでした。 

食事
 原則的には、自分で動けるうちは自分の食事はじぶんてつくりました。それが認知症予防、身体機能の老化防止に役立っていたのでしょう。御馳走を作ればそれを孫に運ばせたり、畑で今年初めての作物が出来れば若夫婦の家に届けたりと言う日常的な交流はとても大切にしていました。
 もちろん、寝たきりになれば息子夫婦が引き取り食事の世話をするのは当然でした。

交流 
 近所の年寄り通し、気のあったもの通しが集まり、日がな昔話や、覚えている物語などを互いに語って、歌って楽しく暮らしていました。

住まい
 土地所有の観念がありませんでしたから、そのコタンの人たちの相談でどこにでも家を建てることが出来ましたし、また家を建てる材料は川に行って葦を、山に行って木を集めてくれば特に建築費はかかりませんでした。
 大工さんも、コタンの人みんなで協力しましたからこれも無料でした。 だから、特に女性が死ぬと、あの世で暮らす家がなくて困るだろうと、家を燃やしてあの世に送る事も可能だったのでしょう。この世だけでなくあの世の住宅も保障されていました。

 村の中で、子どもたちに見守られながら、しかも独立した居場所を保障され自由気侭な老後を送る。何て素晴らしい老人福祉制度なんでしょうね。

 今日勉強するとこは、そんな時代背景を思い浮かべながら呼んでみましょう。
 
 テキスト 37ページ〜38ページ

ku=kor huci nep ne yakkka
クコ フチ ネ ネ ヤッカ

otupekare wa yar amip utapke wa
オトペレカ ワ ヤ アミ ウタケ ワ

pirka amip neon an pe ne kar
カ ア ネノ アン ペ ネ カ


utari arki kor
ウタリ アキ コ 

ku=kor huti kaeka kor ueneusar
クコ フチ カエカ コ ウエネウサ



新しい単語

nep(代名詞) 何

ne(他動詞) 〜である 〜になる
 
yakka(接続助詞) 〜であっても 〜しても

ne yakka(常套句) 〜でも

otupekare(他動詞) 〜を大切にする
           〜を粗末にしない

yara(自動詞)ほころびる

amip(名詞) 着物

utapke(他動詞) 〜を繕う

neon(副詞) 〜のように

ne(格助詞) 〜に
 
utari(名詞 所有形) 〜の仲間たち

arki(自動詞 複数)来る

kaeka(自動詞) 糸縒り

kor(接続し)〜しながら

ueneusar(自動詞)四方山話を語り合う

         語りあって楽しむ

2014年10月27日月曜日

鵡川に行ってきました

鵡川アイヌ文化伝承保存会主催
「シシャモカムイノミ」に行ってきました。
 北大のアメリカ人教授(教育学)の方が中国人留学生と参加していたり、ウインドサーファーが海で遊んでいたり、オマケもだいぶつきましたが、皆さん新しい経験をさせて頂き、有意義な一日を過ごし事が出来ました。
 
 バスの中出は、胆振地方のアイヌ地名も勉強しました。使用したテキストを紹介します。


胆振地方のアイヌ語名
千歳アイヌ語教室

美々 pe pe
  川・川 支流が多く、屈折していた
  水・水 水量の多い川、支流が沢山あって、それが湿地に入りどこが川かわからないような状態の川 苫小牧市内を流れる 別々川も同意と思われる
 
ペンケナイ penke nai
  ペンケは川上側の意味。川上の湖はペンケトー,

パンケナイ panke nai
  パンケは川下側の意味

植苗 uen nai
  アイヌ語ではウエン ナイ=悪い川 濁った川なのか大水が出やすい川なのか、その昔人身事故のあった川なのか定かではないが道内にはよくある川の名前

ウトナイ utu nai
  アイヌ語ではウ  ナイ=あばら骨のような川。あばら骨のように平行に何本かの川が本流、または湖などに流れ込んでいる状態

勇払 yu put
  アイヌ語では ユ ツ 源のウツナイ湖の水がぬるい事から支流のどこかに温泉が湧いているのではないかと言う説があるが、イ プツ=それ入り口という説も有力.ただし「それ」が何をさすのかは不明。

厚真 説〜1 at oma p
  オヒョウニレ(アトシ)のあるところ
説〜2 at ma
  モモンガが泳いでいた
説〜3 at tomamu
  向こうの湿地帯 トマムは湿地帯の事 苫小牧のトマの同じ

鵡川 説〜1 muk ap
  ツルニンジンのあるところ
 説〜2 pet
  上げ潮で運ばれた砂で川口を塞がれた川

安平 ar pira pet
  一面 崖の 川

入鹿別 irusika pet
  怒る川 「砂原が長い川で交通する人が怒ったため」とされているが、誰が何を怒ったのか定かではない

遠浅 to asam
  昔は遠浅沼があり遠浅川がこの沼の奥にくっついて流出していたと言う。(特定不能)

早来 sak ru (sak rupespe夏超える道という説もある)
  夏 道 厚真町に抜ける道があった。夏しか通れなかったのでこう呼ばれた。和人によって「早来」(音読み)と言う漢字が当てられたが、それが後になって訓読みとなりハヤキタと呼ばれるようになった。

穂別 po pet
  小さい川

追分 *****

  岩見沢に出る街道と夕張側筋に出る街道の分岐点(追分)である事から名付けられて日本語名